上州弁に関する一考察
「ai」や「ae」を「ee」(例えば、「いたい」→「いてえ」、「おまえ」→「おめえ」)、「ui」を「ii」(「かゆい」→「かいい」(jの音脱落)、「あつい」→「あちい」(ts→に音変化)と発音する等の語尾の変化や接頭語「オッ」のつく単語(「おっかく」、「おっぱなす」など)、更には「かさばる」が「がさばる」になる濁音化などは、初めて耳にしても、なんとなく意味がわかったものでした。東京から当地に転居して間もない頃、意味がわからず、困惑したのは、以下のような言葉です。
動詞「来る」の未然形
なんといってもこの動詞の活用は、関西以西の地域に生まれ育った私にとって最大のインパクトでありました。もともと、英語のbe動詞、have動詞(フランス語等他の言語もそうですが)の活用にみられるように、よく使う動詞の活用は変形しやすく、日本語でも「する」のサ行変格活用、「くる」のカ行変格活用があるわけで、後者が当地で更に変格して、未然形が「き」となったものです。最初「きない、きない」を聞いたとき、飛行機の中にいるんかいなと思ったものです。ちなみに、関西以西で「来ない」は「こん」と言って、絶対に「きない」とは言いません。
程度の甚だしい様を表す言葉
どこの地方でも、強い感情表現にはその地方独自の表現(方言)が必ずあるものです。
- 「なから」(なっから)(なーから)
- 副詞と思いきや、「なからじゃん」という表現があるので、形容動詞でもあるのでしょうか。(「じゃん」は断定の助動詞と考えると「なから」は名詞になってしまうので、「じゃん」の品詞は不明ということにします。)以前、根っからの上州人の男性が、親戚の結婚祝いに四国を訪れて、酒宴の席で、結婚相手の女性のことを「なーから美人で」とお世辞を言っていたときのことです。周りの人達は「なかなか美人で」の意味にとったようでした。上州人の彼はもっと誉めたつもりではなかったかと思います。「なから」の語源は、「なかなか」だと思われ、その意味も「かなり」「結構」だと説明する人もいますが、もっと強い「とても」「非常に」の意で用いられるほうが多いと思います。
- 「まさか」(まっさか)(まーさか)
「まーず」 - 「まさかじゃん」とか「まーずじゃん」とかいわないので、どちらも副詞と考えられます。「まさか・・・ではあるまい。」の「まさか」でなく、「第一に」の意の「まず」でなく、どちらも「とても」「非常に」の意味であろうことは、会話の前後関係から推測できました。しかしながら、「まさか」と「まーず」、更には「なから」の三語の正確な用法、微妙な意味の相違が、私達non-native speakerにはどうしてもわかりません。native speakerの妻によると「なから暑い」とはいうけど、「なから涼しい」とはあまり聞かないそうです。
- 「うーと」
- これもよく聞きます。明らかに副詞で、共通語の俗語の「うんと」の単なる変形でしょう。
共通語と正反対の言葉
- 「やる」と「あげる」
- 目上に対して「やる」、目下に対して「あげる」は、共通語と正反対だと思うのですが、よく耳にします。
例:社長に書類をやった。赤ちゃんにミルクをあげた。
共通語と紛らわしい言葉
- 「探す」という意味の「みつける」
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例;群馬県では「みつけたけどなかった」が通じる?
東京在住の結婚当初から妻がよく言っていた言葉で、これを初めて聞いたとき、私は「???」状態で「何を馬鹿なことを言ってるんだ!」と叱ったものでした。共通語と同音で紛らわしい上州弁の筆頭格だと思います。共通語では、「みつける」は、探した結果、それがここにあった!という意味(find)で、探すという意味look for)にはならないはずですが・・・。
- 「ふれる」という意味の「かざる」
- これは、ⅰの「みつける」のように勘違いすることはないでしょうが、最初これを聞いたとき、何か装飾品でも付ける(decorate)のかなと思ったものです。
- 「塩辛い」という意味ではない「しょっぱい」
- 私が初めて聞いたとき、前後関係から、「塩辛い」という意味でなくnegativeな意味だろうなくらいな推測はできましたが、未だはっきりわかりません。いわゆる「ダサい」という感じでしょうか。
診療中に出くわす上州弁
- 「はばったい」は「違和感がある」という意味?
- もともとは「はれぼったい」から来た語でしょうか。「かゆい」でも「痛い」でも、あるいは「しびれがある」でもなさそうなので、私は「違和感がある」と解釈して診断することにしていますが・・・。
- 「便秘する」という意味の「けっする」(終止形では用いられない?
- 「け(っ)しちゃって」という用法で用いられるようです。
- 「痒い」という意味の「むぐったい」(「むごったい」?)
- 年寄りしか使わないと言う人もいますが、先日、これを連呼する高校生の患者さんがいました。
- 「へった」は「足底」の意味
- 私自身、すっかり慣れた言葉です。「へっ」の字は?ですが、「た」は「足袋(たび)」の「た」でしょう。
- 「しんねつ」は真熱?身熱?深熱?
- 患者さんでこれがあると訴える方がいました。感じ(漢字)としては「芯熱」のようでしたが・・・。
- 「めかいご」(ものもらい、麦粒腫)
- 語源は「眼+かい(かゆい)+ご」のようですが、「眼+蚕」(悪化すると蚕のさなぎのような形にまで腫れる。)とは考えられませんか。
- 幼児語「えんとする」は「すわる」とイコール?
- 語源は、英語でenterやentryのent(「内の」という意味の接頭辞)と考えるのは不自然でしょうか。共通語で「えんこ」(尻をついて足を投げ出した状態のこと。転じて乗物の故障のこと。)という俗語があり、「えんと」はこれの単なる変形と考えるほうが自然のようです。
動詞
- 「返す」という意味の「なす」
- 厳密には、共通語にもあるそうです。
- 「人見知りをする」という意味の「はがむ」
- 共通語では「名詞+助詞+動詞」の慣用表現がたった一語の動詞(マ行五段活用)になってしまうとは、なんて便利な言葉でしょう。これこそ方言の面目躍如です。
- 「かきまぜる」という意味の「かんます」
- 同じ一語の動詞ですが、共通語では「か-き-ま-ぜ-る」の五音節であるのが「かん-ま-す」の三音節に短縮されるのだから便利な表現といえます。
形容動詞
- 「じゅうく」は「ませている」という意味でしょうか。
- 私は、四国は愛媛県の片田舎出身ですが、故郷の方言で「しゅうくを言う」(生意気なことを言う。子供が大人のようなことを言った場合などに用いられる。)というのがあり、遠く離れた群馬と愛媛で似た方言があるので驚いております。
- 「えんごー」は「意地っ張り」ということですが、よく聞く「いんごじ」は、「いんごー(えんごー)なじじい」つまり「頑固なじいさん」という意味でしょうか。
- これは、もしかしたら、上州だけの言葉ではないかもしれません。以前、テレビのトーク番組の中で東京生まれの北野武氏が「いんごじ」と言っていたことがあります。
- 「がしょうき」は「粗暴な」(「乱暴な」?)という意味だと思いますが、その漢字は何でしょう。
- 「我性気」なんてのはどうでしょうか。
その他の形容表現
- 「そんぶりが悪い」
- 私は、初めてこの言葉を聞いたとき、なんでメキシコの帽子が今の会話の中にでてくるのだろうかと思いました。(「そんぶり」を「ソンブレロ」と聞き間違えたのです。)語源は「素振り」でしょうが、意味は「愛想」ぐらいの意味でしょうか。
以上のほか、東京などでは小さい子供からせいぜい若者までの年代しか用いない抑揚が、五十、六十をとうに過ぎた大人たちに広く使われており、私は当初戸惑いました。すなわち、疑問文の語尾を「・・・するん?」と上げ調子で言う、上州弁独特のイントネーションです。(最近、私もこの話し方に感染してしまいました。)(ここで述べた用法、表現は、群馬県全体で使われるいわゆる上州弁なのか、私の住む、新田・太田地域のみ、あるいはもっと狭く木崎地区のみで使われるものなのか、研究不足の私にはわかりません。)
例題 次の上州弁を標準語に訳せ。
- 「まあずたっぱのある人になからがしょうきにおっぺされておっころがってからは、こごむとへったがまさかはばったい」
- 〔正解〕非常に背の高い人にたいそう乱暴に押されて転倒してからは、かがむと足の裏にとても違和感を感じる。
昨年秋、当院の看護婦の結婚式披露宴で、新婦側代表で私がスピーチするはめになってしまいました。新婦が太田市に生まれ育ったバリバリの上州弁native speaker、新郎が他県出身だが太田市の会社の勤務者という組み合わせだったので、新郎も上州弁を学ばなければならないという趣旨で(というよりウケ狙いで)、上記例題を披露したのですが、ほとんどウケませんでした。妻も「そこまで言う人はいないよ」と私のスピーチ案には反対でしたし、吉岡町出身の今井氏(農水省課長)にも「ちょっと無理がある」と諌められてはいました。
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