日本の経済力の源泉は、工業力であり、科学技術力であると言っても過言ではない。国際競争力のベースとなる工業力・科学技術力の低下の要因の一つに、「子供の理科離れ」「学生の理系離れ」がある。私は、その原因は教育面・待遇面での理系冷遇であると考える。
@私立大学の理工系の授業料は、自然科学に必須の実験・実習に費用がかかるため、文系のそれよりもはるかに高い。教科書だって、理系のほうが高価であることが多い。国立大学では文理同額であることに鑑みれば、国家が理系への私学助成金を増加し、同額とまでいかないでも差を縮めて、学生の親の経済的負担を軽減すべきだ。
A文系学生の自由時間は、理系学生のそれよりはるかに多い。だから「大学では遊びたいから文系へ」などと言う受験生もいる。事実、私のいた東大では、理系学生のほうが文系の学生より1日当たり2時間も学習時間が長いという統計がある。理系の授業を文系並みに甘くすることは困難なので、文系の単位取得をもっと厳しくして、理系との「差」を縮めるべきだ。
B大学生への奨学金は、理系学生が優遇されているものが一部にはあるものの、例えば日本育英会など、文理の差異を設けていないのが一般的である。国は、日本育英会などの奨学金で、理系学生への給与額・貸与額を大幅アップして、アルバイトにとられる時間を削減できるように学習環境改善に努めるべきだ。
C文系出身者・理系出身者の生涯賃金格差(あるデータでは五千万円にもなるという)を是正、いや、逆転させるために、メーカーの技術者の給与をアップすべきだ。このために、「技術者手当」を支給する企業に対して、その金額に見合う、金融あるいは税制面での優遇措置を講ずるべきである。
D中村修二氏の青色発光ダイオードの件などで、技術者の技術開発に対する評価の見直しが議論されている。会社に億円単位の利益をもたらす素晴らしい発明を行っても、自分の懐には万円単位しか入ってこないのでは技術者の士気が高まるはずがない。企業に所属する技術者の特許等に対する報奨金を出す会社が増えてはいるが、制度化はされていない。当該報酬システムを至急法制化すべきだ。
E事務系社員と技術系社員の昇進の差が生涯賃金格差につながるので、理系を昇進させよと言いたいところだが、民間企業の中の昇進のことまで制度化させることは困難であろう。昇進・昇格に恵まれない分をCで述べたように金銭面で補填して、理系社員のモラール低下を防ぐべきである。
理科系に進むと「カネがかかる」「なのに見返りがない」「仕事がキツイ・汚い・危険」「出世が遅い」というのが、日本の現状だ。よほどの物好き(実験大好き、機械いじり大好きなど)でなければ満足できない。現実的な現代っ子学生は、理科系に向いていても、将来を考え、文系あるいは医学部を目指す。近年、全国の有名進学高では、東大理T・理Uより地方国立大医学部を志向する傾向がますます強まっている。
この風潮が今後何十年も継続するならば、日本は科学技術立国どころか「科学技術貧国」に陥ってしまうであろう。
「理科の勉強は楽しい、すばらしい、役に立つ」「科学者・技術者になって世の中のために働こう」「科学者・技術者は尊敬される」などと美辞麗句をいくら並び立てて、立法したところで、経済的に豊かになりたい、エラくなりたい、というノーマルな「人の心」を変えることは難しいものだ。
結局、実効性のある政策は、カネがらみとなる。上記に述べたとおり、理系学生の経済的負担の軽減、理系社員の所得の増加を法制化すれば、「理系は悪くない」「忙しいが結構おカネになる」といった風潮が強まって、優秀な理系学生・科学者・技術者が増加することとなる。さすれば、「科学技術立国ニッポン」が実現するのではなかろうか。 |