このままでは日本は物心両面で後進国になるぞ
1990年代初頭第1位だった我が国の国際競争力の最近の低下は著しいものがある。「ジャパンアズナンバーワン」と言われた時代が懐かしくさえもある。今やGDP世界第2位の座は風前の灯火となっている。このままでは、日本は間違いなく(経済という意味での)一流国・先進国の座から落ちていく。―「貧すれば鈍する」―それに伴い、藤原正彦先生の言われる『国家の品格』は保たれなくなり、私たち日本人の道徳観は今以上に低下する。
私は、自分の子や孫たちが大人になる頃、国力の低下した日本でどのように暮らしているのだろうかと心配でならない。もちろん地球温暖化等グローバルな不安もあるが・・・。
一介の開業医ではある私が、今後の日本が真に豊かな社会となることを願って、以下のことを提言したい。
Ⅰ「官」の地盤沈下を防げ
公務員バッシングの中、国家公務員志願者は年々減少してきている。(私が現役時代あり得なかった)法令の条文ミスが多発した。20歳代、30歳代の若手キャリアが次々と退職して、外資系企業等へ転職したり、ITベンチャー起業したりしている(私のような医学部再受験の例は、技官ではあるらしい)。
かつて、明治維新からの急速な近代化、そして第2次世界大戦敗戦からの奇跡的な経済復興に、我が国の官僚たちが大きく貢献したことは誰も否定できないであろう。その官僚の質が低下してきている。「官僚最大産出地」の東大法学部で、今や「財務省でさえ(就職先としては)二流」と言われ始めている。私が1回目の東大生だった昭和50年代の頃は、法学部生の友人はみな「司法試験がダメなら官僚へ」という風潮で、一流都市銀行も大手総合商社も「民間なんて」と一まとめで見下していた。隔世の感がある。
現在の東大法学部生の最大の人気就職先は、高給の外資系である。(激務の現役時代の薄給を補填する)天下りもダメ、接待もダメという、官僚の「おいしさ」激減に若者東大生は敏感に反応しているのだ。いくら「国家のために働こう」という美しい士気をもってしても、初任給が何倍も違う外資系企業に惹かれてしまうのだ(←彼らを責められないだろう)。
このような状況が長年続けば、我が国の国家運営はどうなるのか。今まで優秀な官僚がいたからこそ(不祥事が多発しているとはいえ)、先進国としての面目を保ってきたのではないか。一刻も早く、特に若い時期の給与の大幅改善(せめて日本の大企業なみに)し、天下りしなくてもすむように、同期の誰かが事務次官になるまでに勧奨退職させられるという悪しき慣習を廃止し、全員65歳くらいまで在職できるようにしなければならない。
Ⅱ 政府の少子化対策はオソマツすぎる
大雑把に言って「国力」を規定するものは人口と経済力であろう。人口減の時代を迎えた我が国にとって少子化対策は喫緊の課題となっており、政府も少子化担当大臣など置いているが、全く功を奏していない。児童手当増額、保育施設の増設、育児休暇増強等の措置が若干講じられているものの、最も根幹である妊娠・出産にかかる医療体制の貧弱さが全くと言っていいほど改善されていない。
ヨーロッパの先進国は軒並み出生率が低いが、ひとりフランスはそれを2人以上に引き上げている。危機感をもった政府が婚外子にまで経済的支援をしたためであり、フランスを他山の石とするのも方策である。しかし、産婦人科・小児科医という少子化阻止に最も重要な医療現場が崩壊してきていることに、政府は、ドラスティックな措置を全く講じていない。診療報酬をわずかに上げる程度では「焼け石に水」なのだ。
例えば、「正常出産」にも保険適用したらどうか。正常妊娠だと健康保険がきかず、支払いが高額となることを恐れて、病院にかからない妊婦がいる。しかし、異常事態が生じた場合、救急車で搬送されても「当院にかかっていないから」と断られてたらい回しとなる。
激務の産婦人科医、難しい診療をする小児科医などの報酬は、「楽」な診療科の医師の報酬よりはるかに高くすべきだ。数年前に始まったスーパーローテーション研修は失敗作とも言われているが(研修中に希望する診療科の激務を痛感し「楽」な科への転身が多いという)、激務だけど高給だぞというインセンティブを若い研修医に持たせればよい。
「医師は赤ひげたれ」は理想だが、現実にはそうはいかない。仕事がキツイ外科系も志望者が減っている。前述の官僚待遇と同様、やりがいや使命感だけで医学生や若い医師を士気を上げることはできないのだ。(誰だって報酬が安い仕事より高い仕事をしたい、誰だってキツイ仕事よりラクな仕事がいい・・・このことを責めることができようか)
〔このほか産婦人科等が敬遠される主因に、急増する医療訴訟がある。現在導入されそうな「無過失補償制度」は産科のみが対象となっており、不十分極まりない。〕
Ⅲ バカな医療費抑制策はいい加減にしろ
そこで、重要なのは、日本政府の一貫した医療費抑制策の「愚」を国民が認識することではないか。なぜこんなにも医療費が抑制されるのか。かつて霞が関に10年ほど在籍した私から見れば、財務省(旧大蔵省)vs厚生労働省(旧厚生省)の力関係によるものではないか。財政支出を抑えることしか眼目にない財務省が、予算編成権を振りかざして他省庁を抑圧するのが霞が関の構図。私たちの生命・健康を担当する厚労省も、財政当局からすれば「その他一般省庁」の一つに過ぎないのだ。
実は日本は他の国に比べ医師も少なく、医療費も小さいことは、次のデータでわかる。
OECD加盟国の医師数(人口1000人当たり)は、平均2.9人、日本は2.0人で、30か国中第27位 である(2005年)。
OECDの中の先進国の医療費の対GDP比は、アメリカ15.3%、ドイツ10.9%、フランス10.5%、カナダ9.9%、イタリア8.4%、イギリス8.3%、日本8.0%と先進7か国で最低となっている(2004年)。
ざっとした話だが、我が国GDPにおいて、医療費総額が約30兆円、(ちなみに葬儀産業総額が10数兆円)、パチンコ産業が約30兆円と言われる。快楽でしかないパチンコ産業と同額であることを政府が「高すぎる」と言っているのだ。
Ⅳ 理科系(出身者)を優遇して、科学技術立国ニッポンを!
日本の経済力の源泉は、工業力であり、科学技術力であると言っても過言ではない。国際競争力のベースとなる工業力・科学技術力の低下の要因の一つに、「子供の理科離れ」「学生の理系離れ」がある。私は、その原因は教育面・待遇面での理系冷遇であると考える。
①私立大学の理工系の授業料は、自然科学に必須の実験・実習に費用がかかるため、文系のそれよりもはるかに高い。教科書だって、理系のほうが高価であることが多い。国立大学では文理同額であることに鑑みれば、国家が理系への私学助成金を増加し、同額とまでいかないでも差を縮めて、学生の親の経済的負担を軽減すべきだ。
②文系学生の自由時間は、理系学生のそれよりはるかに多い。だから「大学では遊びたいから文系へ」などと言う受験生もいる。事実、私のいた東大では、理系学生のほうが文系の学生より1日当たり2時間も学習時間が長いという統計がある。理系の授業を文系並みに甘くすることは困難なので、文系の単位取得をもっと厳しくして、理系との「差」を縮めるべきだ。
③大学生への奨学金は、理系学生が優遇されているものが一部にはあるものの、例えば日本育英会など、文理の差異を設けていないのが一般的である。国は、日本育英会などの奨学金で、理系学生への給与額・貸与額を大幅アップして、アルバイトにとられる時間を削減できるように学習環境改善に努めるべきだ。
④文系出身者・理系出身者の生涯賃金格差(あるデータでは五千万円にもなるという)を是正、いや、逆転させるために、メーカーの技術者の給与をアップすべきだ。このために、「技術者手当」を支給する企業に対して、その金額に見合う、金融あるいは税制面での優遇措置を講ずるべきである。
⑤中村修二氏の青色発光ダイオードの件などで、技術者の技術開発に対する評価の見直しが議論されている。会社に億円単位の利益をもたらす素晴らしい発明を行っても、自分の懐には万円単位しか入ってこないのでは技術者の士気が高まるはずがない。企業に所属する技術者の特許等に対する報奨金を出す会社が増えてはいるが、制度化はされていない。当該報酬システムを至急法制化すべきだ。
⑥事務系社員と技術系社員の昇進の差が生涯賃金格差につながるので、理系を昇進させよと言いたいところだが、民間企業の中の昇進のことまで制度化させることは困難であろう。昇進・昇格に恵まれない分を④で述べたように金銭面で補填して、理系社員のモラール低下を防ぐべきである。
理科系に進むと「カネがかかる」「なのに見返りがない」「仕事がキツイ・汚い・危険」「出世が遅い」というのが、日本の現状だ。よほどの物好き(実験大好き、機械いじり大好きなど)でなければ満足できない。現実的な現代っ子学生は、理科系に向いていても、将来を考え、文系あるいは医学部を目指す。近年、全国の有名進学高では、東大理Ⅰ・理Ⅱより地方国立大医学部を志向する傾向がますます強まっている。
この風潮が今後何十年も継続するならば、日本は科学技術立国どころか「科学技術貧国」に陥ってしまうであろう。
「理科の勉強は楽しい、すばらしい、役に立つ」「科学者・技術者になって世の中のために働こう」「科学者・技術者は尊敬される」などと美辞麗句をいくら並び立てて、立法したところで、経済的に豊かになりたい、エラくなりたい、というノーマルな「人の心」を変えることは難しいものだ。
結局、実効性のある政策は、カネがらみとなる。上記に述べたとおり、理系学生の経済的負担の軽減、理系社員の所得の増加を法制化すれば、「理系は悪くない」「忙しいが結構おカネになる」といった風潮が強まって、優秀な理系学生・科学者・技術者が増加することとなる。さすれば、「科学技術立国ニッポン」が実現するのではなかろうか。
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