2010.02.14
・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(4)
〈ワクチン大量在庫はほぼ確定的〉
当初から予想していたことだが、新型インフルエンザワクチンがだぶついている。田舎の町医者の私が予想できたことをオツムのよい厚生労働官僚たちは予測できなかったのか、全く不可解だ。今財務大臣になっている菅直人がかつて「霞が関というのは勉強ができるだけでバカばっかり」と言い放ったそうだが、言い得て妙かもしれない。まぁ、かくいう私もその一員だったことは認めるのだが。
具体的に言うと、こうだ。
国産ワクチンが接種5400万回分製造され、すべて「完売」になるという予想を覆し、そのうち1000万回分以上が出荷されず、在庫となっているらしい。しかも、私の診療所の在庫のように、出荷されたものの接種されず院内在庫となっているものも、全国に何万回分もあるだろう。更に、外国産ワクチンにいたっては、輸入契約で確保した9900万回分に対し、医療機関からの購入希望はほとんどないのが現状らしい。
〈なぜこうなったのか〉
新型インフルエンザの流行が下火になったことが最大の原因であることは明らかである。学級閉鎖等の社会を挙げての措置、あるいは手洗い、うがい等の基本的予防の励行が社会に浸透したことも一因としても誤りとは言えないだろう。
〔昨年秋に私が主張したように3600円も払って接種受ける人がそんなにいるはずがないというのも、依然ある〕
社会的には、新型インフルエンザ流行が終息に向かっていることは、極めて喜ばしいことである。しかしながら、残ったワクチンは返品もできず、私を含め全国の医者たち(特に開業医)が腹立たしい思いであるに違いない。私の診療所もどっさりと残ってしまった。これには理由がある。
昨年秋、日本中が新型インフルエンザで大騒ぎし、さながら「ワクチン争奪戦」が始まった。従来のワクチンは、他の注射薬剤や消毒液などと同様、医療機関から必要数を薬問屋に注文し、届けてもらう。もし不必要となった場合、「返品」という形で問屋に引き取ってもらうのが通常である(従来の季節性インフルエンザワクチンも同じ)。
ところが、今回の新型インフルエンザワクチンの取り扱いは、全く違う。まず、各都道府県の薬問屋の元締め(県医薬品卸協同組合)から各医療機関にワクチンの希望本数の調査が来る。この調査は、数週間ごとに、優先順位の対象者ごとに分割して行われる。優先順位の対象者ごとというのは、①医療従事者から始まり、②妊婦、③基礎疾患(糖尿病など)を有する者、④幼児・・・・という分類ごとということだ。
これに対して医療機関は、希望本数をその元締めあてにファックスで回答・発注する。その後、発注された度に当該医療機関に出入りする薬問屋が届けてくれる。しかし、これが注文どおりでないことからおかしな事態となる。注文しても「査定」され、3割くらいしか届かない。ワクチンが少ないから痛み分けということだった。それならば、と次回の注文時はどうせ査定されるのなら、多めに注文しちゃおうということになる。すると、今度は3割どころか、注文数の7、8割も届いてしまったのである。
ワクチンを予約した患者さんの一部には、インフルエンザにかかってしまう人も出てくる。そうした患者さんはキャンセルとなる。更に、新型インフルエンザの流行が下火となり、マスメディアも騒がなくなると、恐怖心が低下し、ワクチンを受けようという人が激減する。医療機関には、問屋に返品できない在庫が残ってしまうのである。
〈国の税金二重取り計画は失敗せり〉
価格は国が決め、義務ではなく任意の接種なれど国からの助成金はゼロという異常なワクチン施策なのだが、国民は「国の税金二重取り計画」に気づいていない。供給され得る国産ワクチンが足りなくなるに違いないという想定の下、国は外国の製薬会社と契約し、日本国民対象者全員にワクチンが行き渡るようにと、なんと1126億円の国費=税金を投入したのだ。当該外国製薬会社の情報によると、国は、この輸入契約を(部分的にも)解約できないものかと当該製薬会社と折衝中しているが、当然ながら、調整難航らしい。
もし、国費で輸入したワクチンを1回につき3600円払って接種受けるとなれば、その被接種者は、輸入の原資への税金の支払いプラス3600円の二重払いになってはいないのだろうか。このことに関し、メディアも誰も文句言わないのは、なぜだろう。不可解だ。まぁ、結果としては「国の税金二重取り計画」は失敗せり、だ。
さて、余ったワクチンはどうなるのか。1年足らずくらいしか有効期限はなく、廃棄若しくは発展途上国へ供与されることになりそうだ。後者はODAのようなものとして結構なこととも思うが、「先進国で余ったから発展途上国へやるよ」という姿勢は国際社会でいかがなものか、という意見もあることを踏まえなければならないだろう。
〈ワクチン後進国・ニッポン!〉
中国の経済的台頭等により、日本は相対的に先進国としての地位はじりじりと低下していることは、明白な事実だ。とはいえ、その先進的工業技術を基盤とする経済力は、曲がりなりにも、なんとか一流国の座は死守できているだろう。医療についても、今回の新型インフルエンザの致死率の低さを見るに、まだまだ日本は捨てたものではないという気になるのは奢りだろうか。
世界でのトップクラスの医療水準を保つ我が国ニッポン!と言いたいところだが、遺憾ながら、ワクチンに関しては「後進国」だ。ということは、感染症、とりわけ今回の新型インフルエンザ政策のオソマツさを見るに首肯せざるを得ない。一つには、現役の厚生労働省医系技官でありながら、厚労省批判で名を馳せている木村盛世さんが指摘するように、公衆衛生の素人が医療行政を牛耳っていることによる。
公衆衛生とは、「国民の健康を保持・増進させるため、公私の保健機関や地域・職域組織によって営まれる組織的な衛生活動」(広辞苑)と定義される。確かに、大学医学部では、「公衆衛生学」という科目があり、(試験のため)必ず勉強するし、医師国家試験にも何問かは必ず出題される。ただ、内科学・外科学などの臨床科目に比べ、医学生は重視しない(要するにマイナー扱いされている)。そういう医学生が、医師免許を取得した後、臨床経験ゼロのまま、医系技官として(公衆衛生総本山たる)厚生労働省に就職する。臨床経験がないので、医療現場を肌で感じたことはなく、また、公衆衛生学は申し訳程度勉強しただけの人間が、我が国の医療行政の中枢を歩んでいるのだ。
公衆衛生の話からワクチンの話にもどそう。とにかく、日本のワクチン行政は(「先進国」にしては)貧困だ。後日、このことについて述べたいと思う。
〈付:新型インフルエンザの爪痕〉
今回の新型インフルエンザ「騒動」は、われわれ末端の臨床医にいくつもの爪痕を残している。既述のとおり、新型インフルエンザワクチンの在庫のほか、季節性インフルエンザワクチンが接種時期の昨年秋、十分にできなかったことがある。同じインフルエンザワクチンということで、国内のワクチンメーカーがその製造工程の何割かを割いて季節性から新型ワクチン製造用に変更したため、例年の季節性ワクチンの7割程度しか供給されなかった。このため、接種希望する患者さんで接種できなかった方も多かった。結果的には、今のところ季節性インフルエンザはほとんど流行していないとは言え、接種希望されるも在庫切れという理由でできなかった患者さんには申し訳ないと思っている。
もう一つある。新型インフルエンザが猛威を振るった昨年秋、治療薬「リレンザ」の需要急増のため、やはり同様の製造過程でつくられる吸入剤「セレベント」という喘息治療薬の供給が中断していることである。薬剤そのものは全く異なるが、吸入剤としての構造が同じで(製薬会社も同じ)あるため、「セレベント」より「リレンザ」優先という判断がなされたのだ。代替薬があるとはいえ、喘息患者治療において、若干支障が生じたものだ。