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記事一覧

食欲との戦い

2011.10.30

        ・・・・・・・・河辺啓二のダイエット論(2)

昨年75、6kgあった体重が今年春には65kgまで落とした。4月27日に最小値64.2kgを記録したが、以後はGWの韓国旅行などもあり(言い訳)、65~66kgで推移してきている。6、7年前にダイエットしたときは(今回よりも)短期間で61~62kgまで落としたが、今回はそこまでは届かない。
落としにくい年齢に達したというより、そこまで落とさなくてもいいかなと思うことのほうが主因だろう。体重低下に伴い、血圧が低下し、1月21日を最後に降圧剤の服用を中止できた。9か月経った現在でも血圧は120台/80台で良好である。「体重が減少すれば血圧も下がる」を身をもって証明できた。生活習慣病で最も多い高血圧の患者さんに対する診療に、より自信が持てるようになった。
診察中に患者さんから「先生、痩せましたね」とよく言われるようになった。以前自分はどんなに太っていたことかと忸怩たる思いになる反面、やはり嬉しい気分になる。「どうしたら痩せられるのですか」ともよく訊かれる。当ホームページ「ダイエット・ドクター」の項を見てほしい、と言いたいところだが、話が長くなりそうなので、究極の回答として以下のとおり申し上げる。
「食欲との戦いですよ」
このときの私の表情は「ドヤ顔」となる。多くの患者さんは「そりゃ難しい」と感想を持たれるようだが、私のように運動もしないで痩せるには「食べない」ことが最短のダイエット法だ。
ついでに言う。「3ない」すなわち(お菓子等を)買わない、(家の中に、あるいは目の前に)置かない、そして食べない、をおすすめする。人間は、誘惑に弱いものだ。「わかっちゃいるけどやめられない」とは名台詞、いや弱い人間の本質をついた名言だろう。まず、視界に誘惑の食品がないような環境作りに努めるのがよい。

2001年の中央省庁再編は何だったのか―省庁再編の検証を―

2011.10.14

        ・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(13)

〈2001年の中央省庁再編は正しかったのか〉
あの戦後最大規模の中央省庁再編から10年経った今年、未曾有の大震災と原発事故が起きた。福島原発事故で露呈した、原子力行政の慙死に値する失敗を見るに、このような行政組織にさせてしまったあの2001年の中央省庁再編は、いったい何だったのだろうかと考えてしまう。
そもそもは、旧大蔵省の過剰接待問題という不祥事が発端であった。「大蔵省改革すべし!」の声が上がり、金融行政の分離独立がこの大再編に先駆けて2000年に行われた。
ところが、いつの間にか、「大蔵省改革」が「霞が関改革」になって、「張本人」の大蔵省は、金融部門のみが剥がされ、伝統ある「大蔵」の名を平凡な「財務」に変更させられただけの軽い「お仕置き」だけで済み、逆に他の建設省、運輸省、厚生省、労働省、郵政省、自治省などは大打撃を食らわされた。多くの省庁が分割統合される中、(外務省と農林水産省は現状維持だったが)ひとり名前ばかりか権限を大きくした省があった。旧通商産業省、今の経済産業省である。今となっては、このとき、同省が原子力安全行政の取り込みに成功したことが実は大罪の濫觴(らんしょう)だったのだと思わざるを得ない。

〈原子力行政の変遷〉
もともと原子力に関する行政は、1956年に設置された科学技術庁が担っていた。同庁には原子力局及び原子力安全局があった。その後「お目付役」として原子力安全委員会が発足するなど原子力安全のためのチェック機能が強化されたと考えられていた。ところが、2001年の省庁再編で骨抜きにされてしまったのである。
このとき、通産省を母体に誕生した経済産業省の中に、もともとあった推進部局の資源エネルギー庁と規制部局の原子力安全・保安院が同居するという馴れ合いの組織(世界的にみても異常な状態)ができてしまった。中央省庁大再編の「どさくさ」に紛れて狡猾な通産官僚たちが仕組んだものではなかったのか。原子力開発を牽引した科学技術庁は、旧通産省のような、商工族国会議員や産業界といった応援団を持たないため、組織保持はできず、文部科学省などに分散・移行して消失してしまった。

〈大丈夫か?「原子力安全庁」〉
現在の国家行政組織上の喫緊の課題は、原子力安全行政の強化・一元化である。8月の閣議決定でようやく原子力安全・保安院を経産省から分離し、内閣府原子力安全委員会と統合した、新たな規制機関が設置されることとなった。アメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)のような独立機関でもなく、また、独立性の高い公正取引委員会のような三条委員会でもなく、すったもんだの挙げ句、結局、(既存の)環境省の外局として、「原子力安全庁」の新設とされた。かつて、小所帯の上、各省庁出向者で主要ポストが占められてあたかも「植民地化」されていた旧環境庁の時代をよく知るだけに、「一般府省の一外局」で、果たして強力な原子力安全行政ができるだろうかと危惧するとともに、これまでCO2削減を推進する立場から原発を容認してきた、しかも原発に関しては素人の環境省が強大利権官庁・経産省に伍することができるのか、など不安の種は尽きない。
【昔、環境省の前身である環境庁は、小所帯、権限が乏しい、利権がない、天下り先がないなどの理由で、国家公務員Ⅰ種志望の学生の間で人気は低く、他の省庁は十数人~数十人の採用なのに、同庁はわずか数人の採用だった。しかも、同庁発足以来長らく主要ポストは他省庁(当時の大蔵省、通産省、厚生省、農林水産省など)からの出向者に占められていたし、それ以下のレベルでも多数出向者がポストを占め、あたかも各省庁の「植民地」のようであった。霞が関弱小官庁の筆頭格とも思われた同庁が、「省」となり、そして、いまや国家の最大懸案たる原子力安全行政の司令塔を取り込むこととなったのだ。】

〈省庁再編の検証を〉
厚生省と労働省の統合は、もともと1947年に労働省が厚生省から「派生」した経緯からみても、あたかも元に戻ったようだが、(元厚生労働大臣の舛添要一氏が言ったように)医療、福祉、年金、雇用等、所管行政の広さ、ニーズの拡大に鑑みれば、これら全ての業務を一省に負わせるのは「過剰積載」ではないだろうか。
 建設省と運輸省の統合で、果たして、セクショナリズムにとらわれない円滑で効率的な国土行政や交通行政が行われるようになったのだろうか。
通信・IT行政については、再編前の通産省vs郵政省の権限争いが、寸分違わず、経済産業省vs総務省に引き継がれている。
【国土交通省の事務次官が、旧建設省の事務官・技官及び旧運輸省事務官の三者で、また、総務省は旧自治省・旧郵政省・旧総務庁出身者の三者で交代で就任するという、いわゆる「たすきがけ人事」が不文律になっている。(総務省では、いまだ採用も三者に分かれて行われていると聞く)】
このように、改善すべき課題は多数残存している。現在、政府では、「公務員庁」「スポーツ庁」「宇宙庁」などの新設の検討がされているようだが、省庁再編から十年、今回の大震災・原発事故を経、原子力行政の転換を機に、これを検証すべきではないだろうか。

講演会「なぜ官僚は劣化するのか」

2011.10.02

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愛媛新聞「道標」が縁で、前愛媛大学学長の小松先生からオファーがあり、松山市で講演会をすることになりました。

「喫煙ゼロ社会」を目指そう

2011.09.18

・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(8)
厚生労働省が、労働安全衛生法を改正し、職場の受動喫煙対策を強化するため、一般の事業所や工場では全面禁煙か、一定の条件を満たす喫煙室以外での喫煙を認めない「空間分煙」を事業者に義務付ける方針を固めた。これまでの健康増進法による原則全面禁煙の努力規定から進んだ内容となっている。  
また、小宮山新厚生労働大臣が記者会見で、たばこ税を増税し、1箱あたり700円程度とすべきだとの考えを表明した。
喫煙が、放射線同様、人体の健康に悪影響を及ぼすことは明白だ。東京電力福島第一原発事故による放射能汚染がいまだ継続中であり、ただでさえ私たち国民を取り巻く「健康環境」は震災以前より悪くなっている。このことに鑑みれば、私たちの健康に有害なものの筆頭格であるタバコは、ゼロ(又は最小化)を目指すべきで、今回の労安法改正は誠に喜ばしい。新厚労相発言は政府方針でなく「個人的見解」とされているが、私たち医師は大歓迎である。実際、診察中にスモーカーの患者さんに禁煙を勧めても「値段が高くなったら(煙草を)やめる」と言われることが非常に多いからである。
原発同様、タバコ関連産業に携わる人たちの生活や雇用を考えれば、直ちにゼロとすることは不可能だが、政府は、徐々に「喫煙ゼロ社会」にソフトランディングできるような経済的、社会的環境を整備してほしい。
喫煙による発がんや動脈硬化疾患(脳卒中や心臓病)のリスクに鑑みれば、禁煙による医療費減はたばこ税収減をはるかに凌駕するに違いない。

久々の「文系宰相」に期待

2011.09.08

・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(12)

民主党が政権を取ったとき、私たち国民の期待は大きかった。既存利権にどっぷり浸かり官僚主導で国民生活を顧みない長年の自民党政治にうんざりしていた国民は、狂喜して政権交代を歓迎した。そして、他国では珍しくない理工系出身の政治リーダーへの期待感は膨らんだ。これまで文系出身の宰相ばかり輩出してきた自民党との違いが斬新的にも感じたものだ。
しかし、二代続いた理系首相は、あまりにふがいないリーダーシップを発揮して去って行った。思いつきで発言したり、発言内容がぶれたりして、理路整然さが求められる理系学問を修得してきたはずのお二人は、その理路不整然たる言動が墓穴を掘り失政を招いたと言っても過言ではないだろう。
今回の首相は、早稲田大学政経学部→松下政経塾と歩んできた典型的な文系人間で、民主党初の文系首相である。今のところ、財務官僚の影響下にあるのではないかなど一部批判はあるものの、前任二人のような軽率さ、不安定さがなく、地味ながらも強かさが認められる。
首相が華々しく高支持率でデビューするも翌年には国民にボロボロに酷評され退陣することが、自民党政権末期から何回も繰り返され、海外からは「回転ドア」などと揶揄されバカにされ続けてきた。私たち国民も忸怩たるものがある。ここらでこのような日本政治の悪風物詩を断ち切ってほしい。

伊予弁上州弁相似論

2011.09.01

【甲子園では、二年連続で愛媛県勢と群馬県勢が初戦対決した。愛媛県で生まれ育ち、今群馬に住む私はにどちらを応援していいかわからない。】

〈愛媛県人の誇り?〉
「群馬」というと「馬が群れる」で、決してエレガントなサウンドはない。ところが、「愛媛」というと「愛らしいお媛さま」となる。地区の医師会の飲み会で地元の医師からこんな「笑い話」を聞かされた。あぁ、こういう考えもあるんだなと初めて思った。子供の頃から県名のおかげで「媛」の字が書けたが、全国スタンダードでいえば、ふつうは「姫」で「媛」の字は「才媛」などの熟語でない限り、使わない漢字である。
私が、東京にいた間(25年)も、群馬に住み始めても(13年)、「出身は?」と聞かれて「愛媛」と答えるのに何となく自信を持っていたのは、実はこの47都道府県中「最も美しい県名」(画数は多いが)であることの誇りを無意識のうちに醸成していたのかもしれない。

〈上州弁との出会い〉
群馬の地に診療所を開業して、最初戸惑ったのは上州弁だった。なにしろ地元の人は自分の言語が標準語だと信じている。上州弁で自覚症状を説明されると部分的にはわかるが、全部はわからない。ネイティブスピーカーのスタッフに何度となく助けられたものである。爾後十余年、上州弁の研究に勤しみ、いまや患者さんの話はほぼ完璧に理解できている。
自分の言葉が標準語だと思うのは上州人だけではない。二十数年前、私の父母と妻の父母が初めて会したときのことだ。かたや訛りの強い大洲市上須戒(かみすがい)の方言、かたやコテコテの上州弁で会話が全く成立せず、妻と私が「通訳」して意思疎通を図ったものだ。

〈上州弁はまだ私にとって第3方言か?〉
私にとって、馴染みのある外国語は①英語②ドイツ語③フランス語の順であるが、日本語では、得意な順に①伊予弁②東京弁(標準語)③上州弁となる。18歳までの言語形成期の環境の影響が大きい。語彙だけでなく、幼少期に染み付いたイントネーションは一生抜けない。妻にはいまだ訛っていると言われる。最近は上州弁の環境下にあるため、私の発音は、愛媛・東京・群馬の三方言の混在となっている。

〈上州弁と伊予弁の相似〉
さて、上州弁の語彙を増やす中、いくつか愛媛の言葉に酷似するものを十数個ほど「発見」した。愛媛と群馬、こんなに離れていてなぜ似た方言があるのだろうか、と疑問に思っていたところ、私の住む太田市と今治市が姉妹都市であることを知った。ここに住み始めて数年経た頃だろうか。

〈南北朝時代に起因?〉
両市の関係は、はるか650年も前の14世紀、南北朝時代に遡る。私の住所は、今でこそ太田市だが、2005年の「平成の大合併」の前は新田郡新田町(ちなみにあの斎藤祐樹投手の家族は旧新田町在住)だった。上野国発祥の豪族・新田氏に由来する「新田町」である。かの新田義貞の出生地だ。その弟・脇屋義助(わきやよしすけ)が義貞亡き後、中国・四国方面の総大将として、500人もの家来を引き連れて四国に渡り、今治の地で活躍したらしい。義助の死後、残った一族及びその子孫が伊予の国に上州の文化(特に言葉)を多少なりとも植え付けたと考えると、十個とまでいかなくとも、数個くらい上州生まれの伊予弁があっても不思議ではないような気がする。日本語学者でもない私の思い込みかもしれないが、そう考えるのも楽しいものだ。

【私の近所に、義助に由来する脇屋町という町がある。また、兄・義貞の館跡とされる安養寺殿を前身とする明王院も近くにある(所在地が安養寺町)が、そこには義助を追悼する板碑があるそうだ。】

〈伊予弁・上州弁相似形の例〉
私が「発見」した伊予弁・上州弁相似形の例の一部を挙げてみる。両方言同一のものとしては、「動く」;イゴク、「驚かす」;タマガス、「盗む」;ガメル、などがある。驚いたものとしては「つらい、きつい、だるい」の意で「コワイ」があることだ。ただし、この用法は、高校時代を過ごした松山市ではほとんど通じなかったので、愛媛県でも南部のごく一部の地方でしか用いられないのかもしれない。ほかに、似ているものとして、終助詞の「・・・らい」(伊予弁)「・・・らいネー」(上州弁)があるほか、「最下位」;ゲツッポ(伊)・ゲッピ(上)、「ませていること」;シューク(伊):ジューク(上)「うたた寝」;ヨドコロネ(伊)、イドコロネ(上) などがある。

「MELT DOWN」が「月刊ザ・ビートルズ」に掲載

2011.08.21

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・・・・・・・・・・・・・・・・・パロディー(3)

6月24日にパロディー「MELT DOWN」を「月刊ザ・ビートルズ」にメール投稿しましたが、何のリアクションもないし、また、読者投稿にしては長過ぎ(通常の投稿は10行前後)だし、「ボツ」だろうと確信していました。
ところが、先日送られてきた同誌9月号78頁に堂々1ページも割いて私の「MELT DOWN」が掲載されていました。異例のような気がして、嬉しく思ったものです。やはり、この原曲「I’m Downアイムダウン」を知るビ-トルズファンならウケたのだと満悦した次第です。
おまけにプレゼント当選者(79頁右上参照。私の「作品」が評価された?)にもなり、懐かしいドーナツ盤レコードが送られてきました。レア物ですね。(レコードプレーヤーがないので聞けないけど、「家宝」にしよう・・・)
ところで、「月刊ザ・ビートルズ」は「ザ・ビートルズ・クラブ」の会誌ですが、同クラブに入会したのは、2002年11月のポール・マッカートニー来日のときでした。爾来9年間会員となっていますが、同誌に投稿したのは初めてです。
それにしても、ポールはなかなか来日してくれません。2002年(当時60歳)が最後の来日となるのでしょうか。よその国でのコンサート活動は元気に行っているようですが・・・。
(ポールは、「When I’m sixty-four」の64歳をとっくに越え、69歳になってしまった。)

韓国は「美味しい」

2011.08.20

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・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の旅行記(2)

夏休みに、韓国のソウルに家族旅行をした。
韓国観光の魅力は「近い、安い、美味(うま)い」に尽きる。北海道や九州・沖縄等の国内旅行より安上がりで異国へ行ける。フライト所要時間もわずか2時間くらいで、欧米に行くのに比べ、ほとんど「あっという間」だ。
何と言っても、食べ物が、日本人、特に私には合っている。私は、「食」への執着が淡泊なほうなので、例えば海外赴任で食事がまずい国で住むことを強制されても大丈夫だろう。(医学生時代、アメリカに医学研修で夏休みに数週間滞在したときも、決して美味くはないアメリカの食事に順応していた。)しかし、「食」に拘る人は、合わない食事の毎日は苦痛だろう。現に、知り合いの中に、ハワイ旅行中全く食事が受け付けられなかった少年や、ロシア留学中合わない食事に耐えきれず予定より早く帰国した学生もいた。
今回も、必須コースの焼き肉カルビ、プルコギ、サムゲタン(参鶏湯)のほか、韓国風お粥、鱈スープ、そして市場の屋台ビビンバを食した。この屋台ビビンバは、現レートでわずか400円くらいだが、1万円のフランス料理より美味い(と私の舌は感じる)。デザートとしてはやはり市場のホットックだ。蜂蜜入りの揚げパンでたったの約60円だが、甘くて美味しい。さらにアルコールは、何と言ってもマッコリだ。今でこそ日本でもマッコリがメジャーになりつつあるが、6年前から私はマッコリのファンである。ただ、ビールは日本製に軍配が上がる。いくつかの韓国メーカーのビールを試したが、どれも、日本製ビールの味にはかなわなかった。
ソウル観光のよい点は、ホテルの受付や免税店店員のみならず、その辺の焼き肉屋のオバチャンも市場の露天商のオニイサンも、みな日本語が達者なので、言葉に苦労しないことだ。日本人観光客が主な収益源であるため、日本語をよく勉強している。ただ、最近は経済発展著しい中国からの観光客増加に伴い、相対的に日本語学習者より中国語学習者のほうが優勢となっているらしい。
日韓の仲は、今「竹島」問題で冷えていると思いきや、日本は、円高もあり「第二次韓流ブーム」となっている(第一次は「冬ソナ」のとき)。日本人も韓国人も、一般市民は、「竹島」問題は自分らに関係のない政治の話、と割り切っているというのが実情のようだ。まさに「政冷経熱」(政治関係が冷え込んでも、民間レベルの経済関係は活況を呈する)ということか。
ちなみに、私は、毎週日曜夜にNHKで放映されている「イ・サン」をかかさず観ている。こんなにも韓国ドラマにはまるのは、あの「チャングム」以来だ。現代版韓流ドラマには興味がないが、時代もののそれは好きだなぁ。とても面白いと思う。
(一方、日本では最後の時代劇「水戸黄門」が終わってしまう。寂しい限りだ。)
昔の韓流コスチュームを着た私の写真は上掲のとおり。

節電で「冷房病」激減

2011.08.07

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・・・・・・・・・・・・・東日本大震災(12)

毎年、夏の時期になると、いわゆる「冷房病」の患者さんが多数来院します。特に女性勤労者に多い。オフィスではスーツ・ネクタイ着用の男性社員を基準に、エアコンがかなり低い温度に設定されているため、スカート着用の女性職員にとってはやや肌寒い環境となっています。このため、体温調節をつかさどる自律神経の失調から体調不良を来たし、身体の冷えや疲労感等、あるいは風邪のような症状を呈する「冷房病」発症となるのです。過度の冷房、長時間の冷房は、私たち人間の体温調節機能を著しく低下させているわけです。
しかし、今夏は、様変わりです。そのような患者さんはほとんど見られなくなりました。
考えてみれば、私たち日本人はなんてバカなことをしてきたものでしょう。過度の冷房で無駄なエネルギーを消費し、多くの人たちの健康を害し、医療費を増大させ、体調不良で仕事を休んだぶんの経済的損失までをも生じさせてきたわけですから。
今回の東日本大震災は、私たちに無数の甚大な「負」の影響を与えてきましたが、原発事故に起因する節電マインドの向上は、上記のようなエネルギー浪費を改めさせるのみならず、「冷房病」を激減させ、医療コスト等経済的浪費を減らしているように思えます。震災による数少ない「正」の影響ではないでしょうか。もちろん、過度の節電で熱中症にならないように留意することが重要ですが。
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上記の内容を8月4日(木)夜に読売新聞「気流」にメール投稿したところ、翌5日(金)昼に電話連絡で原稿修正の確認があり、6日(土)付け同欄に掲載されました。メールしてから掲載までなんと1日強というスピード掲載でした。

完全独立した原発規制庁を

2011.08.04

・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(11)

政府が、環境省に原子力規制行政を担う「庁」を新設する検討に入った。経済産業省の原子力安全・保安院を同省から分離し、内閣府の原子力安全委員会と合わせて移行するという。福島第一原発事故から五か月近くなっているだけに遅きに失した感は否めないが、この方針はまずは妥当だと考える。
昔、環境省の前身である環境庁は、小所帯、権限が乏しい、利権がない、天下り先がないなどの理由で、国家公務員Ⅰ種志望の学生の間で人気は低く、他の省庁は十数人~数十人の採用なのに、同庁はわずか数人の採用だった。しかも、同庁発足以来長らく主要ポストは他省庁(当時の大蔵省、通産省、農林水産省など)からの出向者に占められていたし、それ以下のレベルでも多数出向者がポストを占め、あたかも各省庁の「植民地」のようであった。このような出向者は、ややもすると親元省庁のほうばかり向いて仕事をし、純粋な環境行政を怠る傾向にあった。
このことに鑑みれば、新設される原発規制庁は、利権や親元官庁の意向にばかり気にする出向官僚を完全に排除し、真に環境行政だけに専念する官僚で固めてほしい。
そのためには、まず、原発推進官庁の経済産業省からの出向者を一切受け入れないこと、更には、今の環境省に原子力に詳しい人材が乏しいことを踏まえ、民間企業や大学から原子力工学や放射線防護等の専門家を、出向者でなく、終身国家公務員として雇い入れることが適当であると考える。

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