・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(16)
本来は「代謝」を意味する「メタボ」がいまやすっかり人口に膾炙し、あたかも「肥満」を示す日本語となってしまった感がする。
日本内科学会など8学会によるメタボリックシンドローム診断基準検討委員会が2005年に日本独自の「メタボリックシンドロームの定義と診断基準」を発表した。これを踏まえ、厚生労働省は、2008年度から、メタボリック健診(特定健診)が義務化し、健保組合や市町村などで、40歳~74歳の人を対象に開始された。
従来の定期健康診断との大きな違いは「腹囲」を重視し、メボリックシンドロームの診断基準の必須項目としていることだ。ウエスト周囲径(へそまわり)が、男性なら85cm以上、女性なら90cm以上あることが「最低条件」とされ、これに加えて高血圧か高血糖か血清脂質異常かのうち2つ以上該当すればメタボリックシンドロームと診断される。
確かに、肥満、高血圧、糖尿病、高脂血症は「死の四重奏」とも言われ、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血といった、生命をも奪いかねない動脈硬化性疾患の危険因子であることは間違いない。
これまで肥満の指標としてはBMI〔Body Mass Index:体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))〕が主に用いられてきた。このBMIによるデータよりも、腹囲(内臓脂肪)が脳・心臓疾患の発症と関連することが多く報告されてきたことから、肥満のリスク指標として腹囲がBMIより格段に重視されることとなったのである。腹部CT画像で精密に内臓脂肪を測定した場合、男性85cm・女性90cmが断面積100平方cmに相当するという。これはこれで大変意味はある。腹囲測定ならコストもかからない。
ただ、この85cm(90cm)でスパッと線引きすることが果たして適当なのだろうか。例えば、身長185cmで腹囲86cmの男性はメタボで、身長155cmで腹囲84cmの男性は非メタボと診断され得る。また、女性の90cmが男性のそれを上回っていることは、海外の基準から見ると珍しいと聞く。更に、ウエスト径の測り方により、検査者や被検者によっては、数cm程度のバラツキは生じかねない。厳密にはCTスキャンで内蔵脂肪量測定するのが望ましいが、コスト面から現実性は低いと言わざるを得ない。
これらのことを勘案し、腹囲のみをメタボ診断の「第一関門」とするのではなく、従来のBMIと腹囲とを融合させた肥満指標を構築してこれを「第一関門」にできないかということを提唱したい。つまり、身長、体重、腹囲の3変数を数式に代入して得られる「公式」である。指数関数や対数関数等が含まれてよい。もちろん、性差を踏まえ男女2とおりの「公式」になるだろう。日本国内適用のものだから、(人種差なく)日本人に関する膨大な疫学データからこれら3因子と動脈硬化性疾患の発症との関連を見つけ出すことは可能だろう。我が国には、統計学・数学に強い医学研究者は多数いる。是非、最適な「肥満指標公式」を考え出してほしい。その結果、多少複雑な数学公式であっても、ユーザーとなる私たち医師は、もともと理系であるので計算は全く厭わない。
また、メタボ基準改定に当たっては、上記の「死の四重奏」以上に重要な「喫煙」因子(これは、ガンについても極めて重要な危険因子)をもっと重要視するとともに、心筋梗塞等を引き起こす原因でもある腎臓疾患の早期発見に不可欠な血清クレアチニン値や、痛風を起こすだけでなく動脈硬化をも増悪させる血清尿酸値の測定も加えてほしいものだ。