・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(1)
〈われわれ外野の人間はお手並み拝見中です〉
8月末の総選挙圧勝、9月の組閣から約1か月経った。ついに日本の政治・行政が変わりそうな気配が出てきてはいる。
私の好きな漫画家弘兼憲史氏が「やってみなはれ内閣」とネーミングしていたが、同感だ。「こども手当」「高速道路無料化」「高校授業料無償化」など、財源の怪しい、甘いフレーズで選挙民のハートをがっちり捕らえ、総選挙で歴史的な大勝利を収めた民主党政権のお手並み拝見といったところであろうか。
(個人的には、莫大な財源を「こども手当」に振り分けるより、医療・介護にもっと回してくれないものかと感じている。)
〈我が国の「文系支配」はCHANGEできるのか?〉
私は、常々、拙著等で、日本の政治腐敗の一因として、「自民党文系支配」を挙げてきた。私のように理系と文系を渡り歩いて来た人間にとって、両者の実情を体験しているだけに我が国の「文系支配」には腹立たしささえも覚えるものである。
難解な数学や物理学が理解できないような人間が我が国を牛耳っていると断じることができる。政界、(私のいた)官界、産業界のどこでも、上位には法経出身者が多い。そこで、端的な例として、政界のトップ、最近の歴代総理大臣の学歴を遡って見てみよう。
麻生太郎:学習院大学政治経済学部政治学科
福田康夫:早稲田大学政治経済学部経済学科
安部晋三:成蹊大学法学部政治学科
小泉純一郎:慶應義塾大学経済学部
森喜朗:早稲田大学第二商学部
小渕恵三:早稲田大学大学院政治学研究科
橋本龍太郎:慶應義塾大学法学部政治学科
村山富市:明治大学専門部政治経済科
羽田孜:成城大学経済学部経営学科
細川護煕:上智大学法学部
宮澤喜一:東京帝国大学法学部政治学科
海部俊樹:早稲田大学第二法学部
宇野宗佑:神戸商業大学中退
きりがないので、平成以後とした。ALL文科系、しかもいわゆる政・法・経・商の社会科学卒業生ばかりである(ややウンザリ)。昭和戦後に遡っても、出身学部の傾向は同様で、東大卒の割合が高まる程度だ。異色なのは、中央工学校卒(専門学校)の田中角栄氏と水産講習所(現東京海洋大学)卒の鈴木善幸氏の2人だ。この2人も、広い意味では理系に属するが、○○大学理学部あるいは工学部卒業生でないので、あまり理系出身者とは言い難い。このような歴代首相の卒業学部を見るだけでも、いかに我が国が「文系支配」であるかがわかる。
〈「文系支配」は世界の非常識〉
今度の鳩山由紀夫首相は、東京大学工学部計数工学科の卒業生であり(昔は、中曽根康弘氏とか福田赳夫氏とか東大卒が多かったが、彼らは正確にはすべて旧制の「東京帝国大学」卒であるため、実は、鳩山氏が初の新制「東京大学」卒の首相となる)、同じ学部卒業生の私にとって待望のリーダーである。
英国のサッチャー元首相はオックスフォード大学で化学を専攻していたし、ロシアのエリツィン元大統領はウラル工科大学建築科出身だ。現職では、ドイツのメルケル首相がライプチヒ大学で物理学を専攻していた。経済台頭著しい中国の政府首脳部はほとんど理系卒、技術者出身である(たとえば、胡錦濤国家主席が清華大学の水利工学、温家宝首相が北京地質学院の出身のエンジニア)。我が国の「理系冷遇」が、世界的に見ていかに奇異であるかがよくわかる。
今回政権を奪取した民主党には理系が多い。現内閣だけでも、総理を筆頭に、菅直人副総理は東京工業大学理学部応用物理学科卒、川端達夫文部科学大臣は京都大学工学部化学工学科卒、平野博文内閣官房長官は中央大学理工学部電気工学科卒と理系出身者が4人もいる。これらの方々は、大学時代、遊び回る文系友人を尻目に、夕方遅くまで実験に追われ、難しい数学や物理学の勉強の日々を送ったことであろう。大学時代に遊び回り、就職は一流どころへ進む要領のよい文系人間が世間では地位が高くなっている日本の現状に鑑みれば、理系の苦労を体験したこれらの大臣が、これまでの文系中心の政治や社会を変えてくれるかもしれないと感じざるを得ない。
〈私が「理→文」とした理由〉
私は、工学部3年生のとき、城山三郎の「官僚たちの夏」を読んで官僚に憧れ、国家公務員上級職試験受験を決意した。行政・法律・経済の事務系(文科系)で入省したほうがエラくなることを知り、更に、専門の難解な化学よりおもしろそうな経済学で受験をすることにしたものだ。
独学だが、初めて学ぶ経済学は楽しかった。特に、ミクロ経済学では数学を駆使するのがおもしろい。しかも理系の数学よりはるかに易しい数学だ。こんな易しい勉強で受かって事務官になると、難しい理系の科目で受かった技官よりエラくなれるのが「霞が関ムラ」、我が国の行政組織なのである。
〈威張るほど勉強していないのが文系〉
文系学部卒業生は、おおむね大学受験までしか理系のことを勉強していない。私立文系にいたっては、それさえもない。各界で大きな顔をしている早慶等一流私大文系出身者の多くは、英語と国語と社会1科目のたった3科目(!)しか勉強していない。
また、良くも悪しくも、我が国に最大数の人材を供給している学部―東大法学部といえども、大学入試の数学に高校3年生レベル(現行では、数学Ⅲ・数学C)は含まれない。しかるに、東大理系の二次試験の国語は、(文系の数学の範囲が狭いのに呼応して)形式上は文系より範囲が狭いことになっているとはいえ、実質の学習範囲は全く同じである。数学という学問と国語という学問の性質の相違によるものだろう。つまり、東大入試二次試験において、理系と文系で英語が120点満点で共通問題であるほかは、以下のような配点になっており、国語の勉強範囲が同一ゆえ、総勉強量として、理系は文系より高校3年の数学の分を余計に勉強しなければならないのだ(つまり数学に関していえば、理系は文系の1.5倍、学習しなければならない)。国立大学入試における数学は極めて重要だ。勝負の分かれ目の科目であることは、経験者なら誰でもわかるだろう。この最も時間をかけて学習する科目で、文系は理系よりはるかに楽(らく)していると言える。
理系:理科120点、国語80点、数学120点
文系:社会120点、国語120点、数学80点
大学に入った後、理系も文系も教養科目を履修するが、ここでも文系の連中は更に楽(ラク)をする。上述のとおり、実験・実習の類はなく、自然科学からは「科学史」とか「生物学」とか、なんとか詰め込みで単位がとれそうな科目を履修する。彼らは数学や物理学のような難解なもの、時間のかかりそうなものは選ばない。大学レベルの数学、物理学、化学等の難しさは、高校のレベルの比ではない。その点、法学や経済学は、容易に「入門」できる。