・・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(7)
〈政府はジェネリック大好き〉
財政健全化を至上命題とする財務省及び同省に首根っこを抑えられた厚生労働省並びに赤字減らしに躍起な健康保険組合のベクトルが揃ったところが「後発医薬品(ジェネリック医薬品)」のシェアアップである。
医薬品は特許制度によって保護されており、製薬会社が特許申請し、認められた構造の化合物は、一定期間(通常20年)の間、他社が勝手に製造・販売してはならないとされている。しかし、この期間が経過した後は、他社が同じ構造の薬を販売することが許されるようになる。こうした後発医薬品(ジェネリック医薬品)は、臨床試験の巨大なコストの負担がないため、先発品に比べて安く販売できることとなる。
〈財政主導でジェネリック拡大へ〉
政府は、膨張する社会保障予算の拡大をなんとか食い止めようと、医療費の中で大きなシェアを占める薬剤費を削減するため、ジェネリック医薬品のシェア拡大のための施策を次々と打ち出してきた。というのは、欧米では、医師が処方する全薬剤に対するジェネリックの割合が約5割もあるのに対し、日本では、それが2割程度しかなく、なかなか伸びない状況にあったからだ。
〔日本政府は、何かというと欧米の猿まねをする。かの裁判員制度もそうだが、大きい後発品メーカーの多い欧米と中小後発品メーカーの多い日本と同列に考えている。裁判員制度だって、キリスト教をバックボーンとする欧米人と無信教の日本人と同じに考えるべきではない。〕
この数年間、政府の医療費抑制施策で、「先発医薬品減らし+後発医薬品増やす」策のため、数々の措置が講じられてきたのだ(例えば、処方箋に医師が署名捺印しなければ薬局は後発品に変更できるなど)。ところが、依然としてシェアが低いことに「業を煮やした」国は、この4月から遂に決定版ともいえる策を打ち出した。薬局の投薬の中での後発品のシェアが低い場合、当該薬局が大きな減収になるという「ペナルティー」を課したのだ。薬局の経営に関わる施策で薬局を脅してしまっている。今後は、薬局経営が破綻しないか、という不安が生じている。
〈医師たちの反応〉
日本の医師たちの意識では、使い慣れた先発医薬品から後発医薬品への転換には抵抗がある。後発品は先発品と同じと(政府は)言うが、同じなのは主成分の化学構造であって、添加物は異なることがあり、また水に溶解する試験など先発品と同じ試験を行っていないものも多く、もし(先発品投薬と違って大きな副作用が発現しないにしても)先発品ほどの効果が得られなかったら、という一抹の不安が払拭しきれないのである。先発品の場合、何か問題が生じたらMR(※)に連絡したら、すぐに来てくれるという安心感があるのに対し、(中小メーカーが多い)後発品の場合、なかなか来てくれそうにないという不安がある。何しろ、先発品メーカーのMRは、一会社につき一市当たり何人もいるに、後発品メーカーの場合、一県に一人しかいないという、圧倒的なマンパワーの差があるのだ。もちろん、この差が価格差に反映してはいるが、価格差の主因は何といって、上述の試験開発費の差である。
〈膨大な医薬開発費〉
医薬品の開発費は、他の工業品のそれから見れば、驚異的なほどだ。これは、ひとえに人体の中に入って作用するという極めて重要な製品であるがゆえ、厳重な許認可体制の下に置かれているためだ。先発品メーカーは、オーファンドラッグ(※)のような国からの助成があるものを除き、自前で研究開発をしてきた。その原資は、会社の薬品の売り上げから生じる「儲け」だ。先発医薬品メーカーは儲け過ぎだという批判も、昨今の政府のジェネリック傾倒の根底にあるのかもしれないが、この「儲け」が減少したらどうなるだろうか。新しい医薬品を開発するインセンティブは半減するに違いない。つまり、今でさえ、全医薬品メーカーを通じて、年間やっと十数個くらいしか開発されないのが、ほんの数個になってしまうだろう。
〈苦境に立たされる先発メーカー〉
1990年前後は大型医薬品(ブロックバスター)の開発が多く、これらが医薬品メーカーの収益を支えてきた。しかしこれらの医薬は2010年前後に特許切れし、これらがジェネリックに置き換われば、開発企業の収益が激減する。
他業種に比べた製薬業界の特色として、少ない商品数で巨大な売り上げ・利益を得ている点が挙げられる。従って一つでも大型商品の売り上げが失われれば、巨大メーカーといえども大きな打撃を受けることになる。今後、特許切れによる利益減少を埋め合わせるために新薬を開発しようとしても、臨床試験の厳格化・新規医薬のターゲットの枯渇などの問題があり、これまでのような繁栄を謳歌してきた大きな製薬会社は苦境に陥る可能性が大きい。
医薬品メーカーの社会的存在意義は大きい。国民の生命の維持や健康の向上に大きく貢献していることは否定できない。ただ、会社の形態は、商法上の株式会社であり、利潤追求を行うものであり、国民の生命の維持や健康の向上という公的な役割となじませるべく、種々の法的規制が被されているのだ。このバランスが難しい。実質的には、第三セクターか公益法人に行わせることが適当かもしれない医薬品の開発・製造・販売が、すべて純然たる民間会社が行っている。(オーファンドラッグなら第三セクターか公益法人が扱うのが適当ではないか)
〈政府は方針転換すべきだ〉
肝要なことは、新薬開発を待っている難病や治療不調の患者が少なくないことを認識することである。新薬開発が遅れれば、そのぶん、死や長期の苦痛を受容せざるを得ない人たちが多くなるだろう。財政主導の医療行政が昨今の「医療崩壊」を招いたことは明白だが、このような財政主導の医薬行政により新薬開発の遷延が起こることに鑑み、ジェネリック偏重についても政府は方針を改めるべきではないだろうか。
※ MR・・・Medical Representative の略。医薬情報担当者のことで、医薬品の適正な使用に資するために、医薬関係者を訪問すること等により適正使用情報を提供し、収集することを主な業務とする。多くの場合、製薬会社に所属しており、自社の医薬品情報を医師等医療従事者に提供し、副作用情報を収集することを主たる業務とする。
※ オーファンドラッグ・・・Orphan Drug(orphanは孤児を意味する)で、希少疾病用医薬品のこと。難病などの治療で必要性が高いにもかかわらず、患者数が少ないため、採算の取れない医薬品のことをいう。日本では、薬事法第77条で指定された、希少疾病に用いられる医薬品を指す。患者数の少ない病気の治療薬は採算が取れないため、企業の自主努力に期待するのは困難であることに鑑み、政府は、指定した疾病について企業に研究開発費を助成している。