・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の教育論(7)
次々と周辺国に恰も嘲弄される我が国の国境領土問題は、日本の外交力の弱さというより私たち日本人のメンタリティーが関係しているように思える。
我が国には、古くから「拈華微笑」、「以心伝心」、あるいは「阿吽の呼吸」といった、言葉で表わさずに理解し合うことが美徳とされている。このことを、国民性が異なり、異質の文化を持つ外国相手の交渉にも当てはめてしまってきたのではないか。(これらの言葉は仏教から生じたものだが、強かな外交力を持つ現代の我が国周辺仏教国には通じないだろう)
私たちの世代は、自己主張し、相手を論駁することのトレーニングは全く受けていない。学校の勉強さえできれば一流大学に入れるため、ディベートが苦手でも困らなかった。
最近は、各種ディベート大会が行われたり、学校教育のカリキュラムにディベートが導入されたり重視されつつあるが、まだ十分とはいえない。大学入試で集団討論を取り入れているところもあるものの、英語や数学などのペーパーテストに強い学生が大学入試勝者となる傾向は、依然として変わっていない。
大学入試において、多数の受験生を客観的に選別するに筆記試験は極めて有効であり、ディベート技術の試験を一律に課すことは難しい。となれば、中学や高校、あるいは大学でディベート(討論)力を養う教育をもっと充実できないだろうか。入試に無関係なディベートを学習するインセンティブを学生に持たせる工夫をしてほしい。
日本国内では以心伝心が通じても、海外では通用しない。自己主張を持ち、容易には謝らない民族性を有する諸外国との交渉において「美しき日本文化」は損ばかりだと感じるものである。