・・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の教育論(12)
〈東大文Ⅰより文Ⅱが難関に〉
この春、一部マスコミで報道されたが、今年の東大入試で、初めて文Ⅱが文Ⅰより難しくなったらしい。合格者の最低点・平均点・最高点のすべてが文Ⅱのほうが文Ⅰより上回ったという。
そもそも、このような合格最低点の発表など、昔はなかった。私は若いとき、理Ⅰを2回、年取って理Ⅲを1回と計3回受験しているが、一体何点で合格なのか、知る由(よし)もなかった。予備校や受検者の噂で「(二次試験は)だいたい5割以上、ただし理Ⅲは6割以上」(世間的に見れば、そんな低い点で受かるのかと思われるかもしれないが、それだけ東大2次の問題は難しいのだ)などと言われていたものだ。秘密主義が改められて今や徹底した公開主義となった。
【2019年の東大合格最低点:1次試験・2次試験の合計点】
文科一類: 351.8333、文科二類: 358.0667 、文科三類: 342.7222
理科一類: 334.6667 、理科二類: 330.3778、 理科三類: 385.3778
〔注:おおむね、文系が理Ⅲを除く理系より点が高いようだが、以下のように2次試験の科目・配点が異なるためで、文系が理系より優秀というわけではない。
(問題は英語のみ共通で、数学と国語は共通とは限らない。理系より文系のほうが高得点であるのは、理系数学の問題が難しいからではないかと思う。ちなみに東大数学は1問20点で理系6問、文系4問。この1問分(20点)が文系と理Ⅰ・理Ⅱとの点差にほぼ等しくなっている。)
文科 英語120点、数学80点、国語120点、社会120点 合計440点
理科 英語120点、数学120点、国語80点、理科120点 合計440点
〈東大の科類〉
我が国を代表する、最古の官立大学の東大は、入学時において少々他の大学と異なる。この文Ⅰとか理Ⅰとかいう科類だが、入学時いきなり○○学部○○学科というのがなく、全員、駒場の教養学部生となる。
文科一類:法学部へ進学
文科二類:経済学部へ進学、
文科三類:文学部、教育学部、教養学部等へ進学
理科一類:工学部、理学部(非生物系)等へ進学
理科二類:理学部(生物系)、農学部、薬学部、医学部等へ進学
理科三類:医学部医学科へ進学
1962年からこのような仕組みとなったらしく、それ以前は、おおむね
文科一類は社会科学→法学部・経済学部
文科二類は人文科学→文学部等
理科一類は自然科学(物質系)→工学部、理学部(非生物系)
理科二類は自然科学(生物系)→理学部(生物系)、農学部、医学部
という科類だった。要するに文科一類が2つに分かれ、理科二類が2つに分かれたということだ。推測するに、旧理科二類の中では医学部医学科進学を巡って熾烈な競争があったことだろう。現在の新理科二類でも、成績上位者10人だけ医学部医学科に進学できるため、激しい点取り合戦がある。平均点90近い点が必要だ。同じ東大生相手に90近い点を取るため、何年もわざと留年する学生もいる。試験場で85点以上取れなさそうだと思ったらわざと落第点を取って次年に期する作戦だ(ヘタに低い合格点を取ると平均点に組み込まれてしまい、修復不可能となるため)。
〈東大入試の得点計算〉
上記の合格最低点が小数点4桁まで算出されていることに、「?」と思う方は多いだろう。これは、1次試験(センター試験)の合計点(900点満点)を(むりやり?)110点満点に圧縮換算して、440点満点の2次試験の合計点に足したためである。
例えば、1次試験で合計800点、2次試験で230点だとすると
800×(110/900)+230=327.7777
う~ん、今年はこの得点ではどの科類も不合格だ。昔はこのくらいの得点なら理Ⅲ以外は受かったように思うが、受験生の学力が上がったというより、2次試験の問題が昔より易しくなったのだろうか?
1次試験:2次試験の比率が1:4という、2次試験比重の高さは我が国大学で最高だろう。それくらい、基礎学力の高い東大受験生では易しい1次試験の問題では差がつきにくいということだ。
〈東大法学部のプライド〉
昔から東大文系には、法学部>経済学部>文学部という「序列」があった。伝統的によく言われる例え話に
「法学部生は銀杏の葉の青い時季から勉強し、経済学部生は葉が色づいた頃から勉強し、そして文学部生は葉が落ちる季節になっても勉強しない」
といったものがある。それくらい、明治以来多くの大物政治家、官僚、法曹人(弁護士等)、大企業社長などを輩出してきた法学部の学生のプライドは高い。
ところが、(以前からもあったが)政治家や官僚の権威失墜の事件の数々・・・文系受験生にとって「東大文Ⅰ」は絶対的な憧れの最高峰でなくなってしまったのだ。先日観たテレビのインタビューで「昔のように天下りできないから官僚は魅力ない」とはっきり言い切る東大生もいて少し驚いたものだ。この学生のように現実的ウマミ・経済的メリットを考えることは決して非難できない。弁護士も(歯科医同様に過剰となり)「ワーキングプア」化傾向で憧れの職業でなくなりつつある。
私の若い頃は、受験生仲間では「まず現役では文Ⅰ受験、浪人したら文Ⅱ」と言われていた。理系でも「現役なら理Ⅰ、浪人したら理Ⅱ」という風潮があった。浪人したら受かりやすいほうの文Ⅱ、理Ⅱをということだ。実際、文Ⅰ・理Ⅰは現役比率が高く、文Ⅱ・理Ⅱは浪人比率が高かった(この傾向は今もほぼ同様だろう)。
今年のような「異変」は、上述のような法学部卒業後の職業の魅力低下のほか、やはり、文Ⅰより文Ⅱのほうが合格しやすいだろうという従来の方針でたまたま優秀な受験生が多かったせいかもしれない(昨年文Ⅰ落ちて文Ⅱ受験に回った浪人生が気の毒だが)。来年からの文Ⅰvs文Ⅱはどうなるか予測が難しい。
〈東大法学部はこのまま凋落するのか〉
東大医学部が凋落していると言われて久しい。理Ⅲの難易度が下がったというわけではなく、iPS細胞で京大医学部の名声が高まろうと、やはり国内医学部で最難関の地位を維持している。東大医学部の凋落は、この入口=入試のことではなく、(出口の)卒業生の他大学医学部教授激減のことである。鳥集徹著『医学部』に詳しく述べられている。
各大学医学部教授で東大医学部OBが占める割合
51%;383人/755人(1980年)→19%;183人/961人(2017年)
更に言えば、英数国理社の能力と医師としての実力(特に外科系の手術の腕)との間の相関関係が乏しいことは誰しも認めることであろうが、東大OB医師が臨床現場でそれほどは活躍していないというのもあるとされる。。
東大法学部は、入口=入試の時点で凋落傾向が出現し始めていることになる。もし、今年だけでなく、長期的な状況になるとすると、その理由は、政治家、官僚、弁護士といった職業が魅力低下したことのほかに、昨今の異常とも言えるような医学部人気により、以前なら文Ⅰを目指すような偏差値の高い受験生(だいたいこういう学生は理数科目が苦手で文系に進むという人は少ない)が全国の医学部に流れている可能性が多々あるのではないか。前述の『医学部』では、数十年後は医師過剰となり、第二の歯科医、弁護士になるだろうと著者は予測している。
とはいえ、今のところ「医師は食いっぱぐれがない」「やり甲斐がある」というイメージがすぐに変わるとは思われない。すなわち、シンプルに言えば、もともと優秀な文系学生が経済学志向か医学志向に転じる傾向が今後も続くのではないだろうかと思う。この傾向が日本の将来にとってよいことなのか、それとも・・・・。