・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(20)
我が国は、四方を海に囲まれ、世界第6位の領海と排他的経済水域(EEZ)の面積(国土の12倍の約447万平方キロメートル)を有する堂々たる海洋国家である。国土面積では「小国」の日本は、管轄海域の面積では中国をはるかに凌駕する「大国」である。
一昨年の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件及び (緊急避難的処置とはいえ)昨年の福島原発事故後の大量の放射能汚染水の太平洋への放出という暴挙的行動を考え合わせると、我が国はいかに海洋に関する意識及び行政組織が脆弱であるか思い知らされる。尖閣では、海洋権益を担保できない我が国海洋政策の貧弱さが現れ出た。原発事故では、世界の共有資源であるべき海洋を日本のエゴで汚してしまったわけだが、それに対する責任を、今後永続的に一元的に負う行政部局が存在していない。
そもそも中国・ロシア・韓国と、東シナ海・日本海という大きくはない海域で接しているため、国境問題が海洋で生じることは必至であり、また、漁業資源のみならず、海底資源の存在が次々と判明し、更に洋上風力や波力等大きな海洋再生エネルギーによる電力開発の可能性が高まってきた。加えて、つい最近開かれた「太平洋・島サミット」で太平洋資源の権益獲得競争における中国の擡頭と日本の存在感の相対的低下が露呈したばかりだ。今ほど、我が国における海洋政策の充実強化の必要性が高まっている時期があっただろうか。
国によっては一元化した海洋政策を行う省庁が設置されているところがあるのに、我が国は、依然として、いくつもの省庁の縦割り行政のために、省庁横断的な海洋政策が実現できないでいる。海運、船舶や港湾、そして「海の警察」海上保安庁は国土交通省の所管、漁業・漁船・漁港は農林水産省の所管、東シナ海のガス田開発、メタンハイドレートのような海底資源や海洋エネルギー開発となると経済産業省の所管となる。もちろん、領土問題が絡めば外務省や防衛省も関係する。関係省庁が幾つもあるために生じる縦割り行政の弊害が我が国海洋政策に大きなマイナス要因となっていることは明らかである
私は、かつて霞が関で勤めていたが、省庁間の縄張り争い(セクショナリズム)が熾烈であったことを鮮明に記憶している。他省庁との権限争いに「勝利」することは、私たちキャリア事務官にとって、大きな誉れであった。このような縄張り根性が、ややもすると我が国の国益に負の影響を与えかねないことは、当の官僚たちもアタマではわかっているのに是正できないでいたと思う。
(かなり以前から、一部の識者等から海洋政策の一元化が求められていたが、2001年の中央省庁再編時でも実現されなかった。)
2007年に議員立法で海洋基本法が制定され、内閣総理大臣を長とする総合海洋政策本部を中心に海洋政策を統括する政府機構が整備され、海洋政策担当大臣も設置された。海洋に関する各省庁の個別政策の連携・調整を進め、政府一丸となって海洋立国に向けた体制を整えているというが、私たち一般国民に、その実感は全くと言ってよいほどない。海洋政策担当大臣といっても、歴代国土交通大臣が兼務であるし、「総合海洋政策本部」がマスメディアを賑わした記憶があまりない。更には、上述のような官僚の伝統的「体質」が、政権交代後は消失しているとは考えにくい。
政府は、海洋再生エネルギーを利用した発電を推進するための関係省庁会議や有識者会議の設立、メタンハイドレート等の海底資源開発促進を含めた「海洋基本計画」(中長期的海洋政策の指針)の見直しへの着手など、海洋政策体制を強化しようとしているようにも思えるが、「前例」である総合海洋政策本部のこれまでの「業績」に鑑みれば、その実効性に、若干なりとも懸念を抱かざるを得ない。総合海洋政策本部は、求心力が乏しく、実体性の薄い、各省庁連絡会議のような寄せ集めのものではないのか。
そこで、今後の海洋エネルギー開発など海洋政策の強化施策を実効あるものとすべく、海洋政策を一元化し強力に推進するために、各省庁にまたがる海洋関係部局を一纏めにし、恒常的組織として「海洋省」あるいは「海洋資源省」を設置したらどうか。2001年の中央省庁再編で巨大化した国土交通省から海事局、港湾局及び海上保安庁・海難審判所を、農林水産省からは水産庁を、経済産業省から海洋エネルギー担当部局及び海底資源担当部局を分離して持って来るのである。「省」が一つ増えるので、水産庁が抜けた農林水産省と、同省と同様に自然を行政対象とすることの多い環境省が統合して新たな省を設置(両省の統合は2001年にも議論に上っていた)すれば、省の数すなわち大臣の数は変わらない。