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医療の不確実性

2011.11.06

      ・・・・・・・・河辺啓二の医療論(11)

〈医者の本音〉
医学部に再入学する前の役人時代のことだ。珍しく体調を崩し近医にかかった。診察後、その医師は「このクスリをのめばおそらく治りますよ」と風邪薬を処方した。このとき「「おそらく」とはなんて頼りないことを言うんだろう」と感じた。
ところが、自分が医者になって、この医師の言葉をつくづく納得するようになった。医療に「絶対」「必ず」などという表現は馴染まないのだ。医療は不確実なるものであり、ましてや、昨今の医療訴訟の増加に伴い、医師たちはますます言質(げんち)をとられないよう言葉を選ぶようになった。

〈未解明>>解明済〉
そもそも、医学をはじめとする全ての科学において、わかっていることよりわかっていないことのほうがはるかに多い。あの大科学者ニュートンは、謙虚に自分のことを「未だ知られざる大いなる真理の大海原を目の前にして海辺で遊んでいる少年」に喩えている。高度発展を遂げた現代科学においてもこのことは当てはまる。
東日本大震災で地震予知学の限界、すなわち現代科学の限界を思い知らされたが、科学の中でも、人体という生物体を対象とした医学は、脳科学や生殖科学をはじめ解明されていないことが見当つかないほど多いのだ。
(原因不明の病気も数知れず、よって治療法のない、いわゆる「難病」も多数ある。)

〈工学と医学の相違例〉
工学部と医学部という二つの学部を卒業した私は、物質を対象とする工学と生物体を対象とする医学との違いを、学生実験を通して痛感した。試薬の量を、工学部では厳密に測定していたのに対し、医学部ではスポイトの滴数で可とされた。「こんなんでええんかいな」と思ったが、弾性・柔軟性・多様性に富んだ生物体が対象の実験はこういうものだと徐々に理解したものだ。

〈医療の曖昧さ・不確実さ〉
その後、医師となり、長年臨床の現場にいると、医療の曖昧さ・不確実さを実感し、「わからないこと」が多数あることがわかってきた。
以下にその例のいくつかを述べる。
●そもそも、病名なんて、人間が勝手に分類し名付けたものだ。はっきり「A病」だ、「B病」だと診断できるものより、「A病」と「B病」の間のグレーゾーンの「病態」のほうが多いのではないだろうか。
●妊婦の超音波検査は胎児に全く影響ないのか。絶対ゼロとは言えないが、これまでの実績と当該検査で受けるメリットに鑑み、広く行われている。携帯電話から発せられる電磁波の健康への影響(発癌リスク?)が最近国際機関から発表されたが、確固たる信憑性があるとは言い難い印象だ。ほかに、家庭内に多い電波時計はどうなのだろう・・・。
●年間1ミリシーベルトうんぬんといった放射線被曝量の議論が喧しいが、多く浴びても影響のない人もいれば、かなり少量でも影響の出る人もいる。被曝についても個体差(個人差)が著しいのだ。
●ワクチン接種量や薬剤投与量で悩むことも多い。例えば、今年のインフルエンザワクチンは、3歳以上が成人と同じ0.5ml、3歳未満がその半量とされる。3歳の平均体重は13キロだが、10キロ程度の4歳児もいれば20キロに近い2歳児もいる。後者を0.25mlとしても前者を0.5mlとすべきか悩む。全く同様に年齢だけで投与量が線引きされる薬剤も多いし、抗生剤に至っては小児と成人への投与量が接近しやすい。ある抗生剤は、23キロの子供と80キロの大人が同じ量に規定されている。このような線引きも、人体の弾性・柔軟性によるものなのだろうが、年齢と体重がパラレルでないだけに医師の匙(さじ)加減が重要となっている。
●処方の際、薬剤の相互作用に神経を尖らせているが、例えば、A剤-B剤、B剤-C剤、C剤-A剤の相互作用についてはデータがあっても、ではA剤-B剤-C剤の同時投与の場合のデータはない。このような多剤同時投与の相互作用のデータを完備することは不可能なので、既存データを頼りとするしか術(すべ)はないのが現状だ。
●書店には「健康本」が夥しく置かれ、テレビでは毎日のように「健康番組」が流されている。ある食材が健康によいと放映されたら翌日どっと売れる。しかし、100人いれば100の健康法がある。万人普遍に言えるのは、煙草、放射性物質、有害化学物質はゼロが望ましいということくらいだ。コレステロールや血糖値の正常値も学会によって開きがかなりある。コレステロールが低すぎるのもよくないとか、ちょっと肥満のほうが長寿だとか、いろんな学説が百家争鳴状態だ。血圧やコレステロール値や血糖値の基準値がかなり低めに設定されているのは、研究寄付金を餌に学会・医学者を通じて病人を多数つくりたい製薬会社の陰謀ではないかとさえ思うことがある。

〈実はほとんどが対症療法〉
生命に関わる脳や心臓の手術又はガン摘出などの手術と、感染症に対する抗生剤投与といった根治療法を必ずしも要しない大部分の病気は、患者のホメオスタシス(生体恒常性)による回復(自然治癒)あるいは病状悪化阻止が期待できる。医師は対症療法でそのお手伝いをするのに過ぎない。高血圧や糖尿病に対する薬剤治療も、対症療法に該当する。
【抗生剤と抗ガン剤以外の薬剤は対症療法でしかない。いわゆる「体質を変える」ことなどできないのだ。】

〈最良の健康増進法〉
私たちの「健康環境」は、福島の原発事故以来確実に悪くなっている。摂取する飲食物を通じた内部被曝は少なくとも以前より上昇しているだろう。
何でも相談でき信頼し得(う)るかかりつけ医をもち、医学的助言を受けながら「不確実さの中で最適なものを選ぶ」姿勢を保持して健康増進に努めていくことが肝要である。